恵那市の給食フェアの会場の一つとして,岩邑小学校のランチルームでも給食試食会が
開催されました。岩邑小学校には,栄養教諭が勤務しています。そして,子どもたちは,一
緒に給食を食べたり,学活や家庭科などで,食育の学習をしています。また,学校のすぐ
近くに給食センターがあるため,献立によっては,3時間目ぐらいから,いいにおいがして
きます。子どもたちの多くは,毎日,その日の献立を知っていて,給食を楽しみにしています
今回の給食フェアには,保育園へ入る前の小さなお子さんから,年配の方まで,たくさん
の方が参加してくださいました。この日の給食は,和食の献立でした。







中日新聞でも給食フェアが紹介されていましたが,あの写真は,岩邑小学校の会場の様
子だったようです
1月28日の国体応援から帰ってから,初めての引き渡し訓練が行われました。これは,
緊急時,非常時に,少しでも早く安全にお家の方に,子どもたちを引き渡すための訓練で
す。
初めて行ったので,やってみないとわからないことがありましたが,予想よりは混雑がな
く,短時間で全員引き渡すことができました。









実は,これもある意味「想定内」なのかもしれませんが,予定の時刻にメールを配信しよ
うとすると,原因のはっきりしないトラブルがあり,うまくメールを送信することができません
でした。当然,訓練でそのようなことがあることは想定してしませんでしたが,本当に地震
や洪水などの災害が起こってしまった場合は,電話やメールは使えないことが予想され
ます。今回のトラブルで,そのような場合の対応も慎重に考えなければならないというこ
とがよくわかりました。その他の改善点についても早急に検討し,非常時や24年度の訓練
に備えたいと思います。
ご協力,ありがとうございました。
1月28日に国体のスピードスケートの応援に行ってきました。観戦している間は風がな
くて日差しが暖かく,寒いことを心配していましたが,よかったです。
岩邑小が観戦したのは予選でしたが,「本番」という雰囲気に,応援にも力が入りました。
会場では,防寒用の段ボールと応援用の紙でできた旗をもらいましたが,応援に力が入り,
一組目で旗がちぎれてしまった子がたくさんいました
ちょうど,恵那特別支援学校の田口先生が出場されたので,さらに大きな声で応援しまし
た。
バスの中から,しっかりマスクをして行きました。
限られた時間の観戦なので,後半は,長い製氷作業の時間になってしまいました。しか
し,この日は,国体のテーマソング「はばたけ未来へ」やスタジオジブリの主題歌をたくさん
歌っていらっしゃる井上あずみさんがいらっしゃる日だったので,すぐ近くで,生の歌を聴く
ことができました。大変ラッキーなことでした。


会場の外には,4年生以上のクラスで書いた各都道府県ごとの「応援旗」があったので,
自分たちのクラスで書いた旗を見つけながら歩いている子がたくさんいました。
次に岐阜県で国体が開かれるのは,50年近く先です。そう思うと,貴重な経験ができました
冬休みの間に,ニワトリ(ウコッケイ)のシロが,行方不明になってしまいました。岩邑小
学校では,毎年4年生が飼育当番をしています。昨年まではもう一羽,クロがいましたが,
病気で死んでしまいました。それ以来,元気がなくなって一時は卵を産まなくなってしまった
シロを,大事に世話してきました。シロはおとなしいニワトリなので,飼育当番をしている4年
生だけでなく,全校の子どもたちもかわいがっていました。
12月には,ノラ猫によるシロの連れ去り未遂事件がありました。ノラ猫がシロを口にくわ
えて走っているところを,給食の準備をしていた校務員さんが見つけてくださり,偶然にも
けがをすることなく連れ戻すことができました。それ以来,いつも以上に飼育小屋の鍵をしっ
かりかうことや,ネットにすきまがないようにと気を配ってきました。それでも,こんな残念な
ことになってしまいました。放送で,ことのいきさつと,鳥小屋のネットにすきまがないよう
にお願いをすると,そのあとの休み時間には,小さな子たちもシロのところに駆けつけ,無
事な姿を確認していました。
1月20日には,児童集会で,4年生の子たちが,どんな思いでシロの世話をしてきたの
か,話しました。



4年生は,飼育活動を引き継いだ4月に描いた絵を手に,全員がそれぞれの思いを話しま
した。その話を聞いていると,涙がこみ上げてきました。
学校で生き物を飼う理由は,「死」を教えるためだ,大切に世話をしてきた生き物が死ん
でしまった悲しみを教えるためだと,若いころに,研修で聞いたことがあります。しかし,た
だ飼っているだけでは,言葉では教えられない「死」を,そしてその悲しみを教えることな
どできません。シロは,まず,「いつくしむ」という心を育ててくれました。そして,世話をし
てきた学年だけでなく,多くの子どもたちに,いなくなってしまった(おそらく生きてはいない
であろう)悲しみを教えてくれた気がします




